デイトレ日記的な

No Gamble, No Future

2024/05/31金

任天堂(+3,090)
住友不動産(+2,850)
大阪ガス(+1,950)

<実現>+7,890(今月+59,650)

米国が下だったので「今日もやることないのか…?」と思いきや、寄りから強くて、不信感なく取り組めた。

 

今月はひとつの手法を徹底してやり続けた。その手法とは「強い銘柄を買う」というデイトレ教科書1ページ目に載ってるようなやり方だ。すごい単純だけど、これでプラスが残るなら、やり続ける価値あるのかなー。

 

月末だし、ゆっくりお話でも。

直感、ということを軽視してた。デイトレやってると「あ、この銘柄上がりそうだな」と確信に近い確度で思うことがある。「いや、相場全体が下だから」「似た銘柄は動いてない」「下に行ったらどうしよう」「いくら負ける」「いくら稼げる」…みたいな思考が入ってきて、手がとまる。結果は直感の通り。入ってたら勝ってたのに…みたいなことが数え切れないくらい起きる。

ことばで説明できないとダメだと思ってた。自分の直感を裏付ける、なんらかの証拠が相場や板やチャートから読み取れないと、間違ってるように感じる。そして、その直感と、合理的な思考のズレに、ずっとモヤモヤしていた。

脳科学は「ひらめき」と「直感」を区別する(池谷裕二『脳には妙なクセがある』)。ひらめきは、あとから言葉によって説明できる。脳トレクイズで答えがわかるのは、ひらめきだ。数字の順番とか、何かの頭文字になってるとか、回答の理由をあとで言語化できる。これを陳述的という。

たいして直感とは、非陳述的なものだ。なんとなくそう思うから、という理由以外に裏付けるものがない。しかし、

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「直感」や「勘」などというと、なんだかオカルトチックで怪しい雰囲気を感じる人がいるようです。実際には先ほどから強調しているように、脳が実際に持つ能力です。直感の特徴としては
1. 判断が速い
2. ほぼ正しい
3. 経験によって鍛えられる
などが挙げられます。
(前掲書)

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直感は、人間に与えられた立派な能力だ。まずはそれを認める。そして、その正しさに賭けて行動できるようにする。さらに「直感力は年齢とともに強くなります。経験がものをいうからです」(前掲書)デイトレは、eスポーツのように、反射神経の優れた若い人のほうが有利だと思うが、必ずしもそうじゃない。たいていの人は、直感力を磨く前に退場していく。「まずは生き残れ、儲けるのはそれからだ」って相場格言がなるほど意味を帯びてくる。

 

トレードとは違うが、いつも僕を困らせる質問がある。妻からの「私のどこが好きなの?」という問いだ。とってつけたように「かわいいところ」「やさしいところ」と言う。なかば強制的に言わされている。彼女はそれを聞きたがっている。でも、実際は「知らんがな」なのだ。いいと思ったからいい、でよくね? 言語化したとたんに思いが陳腐になってしまう。人を年齢、容姿、年収、学歴の条件で、細かく切り刻むのと同じだ。

直感が非陳述的で、しかもほぼ正しい、というのはかなり重要なことだ。なんでも説明しすぎだ。ビジネスの世界で求められるのは説明。会議でもプレゼンでも朝礼でも、自分のやること、やったことをきちんと説明しなくちゃならない。だから、なんでも説明できないとダメだと思いこんでいる。

エントリーしたのは、板が…節目が…支持線が…移動平均線が…ボリンジャーバンドが…MACDが…RSIが…。ついでに負けたら、機関が…アルゴが…AIが…。

説明しようとしすぎ。理不尽な値動きを説明する道具は、外部にいくらでも用意がある。言い訳や後付けには事欠かない便利なトレード用語集だ。

社会は、説明できないことを意味不明、気持ち悪いものとして扱う。だから直感は、合理的思考にたいして劣等生の立場に置かれる。でもデイトレが投資と違って「職人的」と言われるのは、経験で培った直感をつかって仕事をするからだ。そしてこの能力は非陳述的ゆえに、言語として、知識として、外部に取り出して人から人へ移し替えることができない。自分で育てるしかない。だから投資を教えることはできても、トレードのレッスンは成り立たないと思う。商材屋には悪いけど。

説明過多に陥らず、自分に備わった直感力を信じて、磨いて、「ただなんとなく」相場と向き合おう~て話でした。